[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

国指定重要文化財

旧黒澤家住宅

昭和45(1970)年6月17日指定

施設名称 旧黒澤家住宅
設計者名 不明
施工者名 不明
建築年  18世紀中期(建物の様式や構造からの推定)
構造 木造
階数 2階建て
所在地 群馬県多野郡上野村大字楢原200番地9
備考

◇屋根:板葺き石置き屋根・切り妻造り
◇昭和45(1970)年6月17日に、国の重要文化財として指定された。
◇建物の特徴
  1 現存する母屋は、その規模の大きさ及び座敷の数や玄関の設備の点で、大総代の住居の面影をよく伝えている。
  2 西側に一列に並んでいる「上段の間・中段の間・中の間・休息の間」と呼ばれる4室の各座敷は、当初の状況をよく残している。
  3 31帖半の「ちゃの間」の南側には村の諸行事に使用された事を物語る立派な「村玄関」と「化粧部屋」があり、さらにその西に代官等を迎える「おしらす」と呼ばれる座敷のついた「式台玄関」があることは、他に例をみない意匠的優秀さを示している。
  4 「ちゃの間」の周囲には「女部屋・主人部屋・客部屋」など家族用の部屋が配置されている。
  5 床上に対して「だいどこ」はそれほど広くなく、「だいどこ」の奥に板の間の「おかって」と使用人等が利用した「ひろしき」と呼ばれる部屋がある「だいどこ」の入り口は大戸で、大戸の左に風呂場、右に便所がある。
  6 二階は全体に広い板の間で養蚕のために使用されたもので、生活に使用された部屋は作られていない。
★旧黒澤家住宅は切妻造りの板葺きの総二階屋で、間取り・構造の両面で、一般の農家と異なった大規模で進んだ様式を持っており、座敷の床・棚等の様式や構造法からみて18世紀中頃の建築と考えられる。
◇黒澤家について
  天正18(1590)年8月、徳川家康の関東入国に伴って、山中領初代代官伊那備前守忠次が慶長3(1598)年に検地したとき、山中領を上山郷・中山郷・下山郷の三郷に分けた。黒沢家は代々上山郷の大総代を務めた旧家である。

参考文献  上野村商工会の公式サイト  http://www.uenomura.ne.jp/ueno2254/bunka/01.html

ホームへ戻る